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200912.10 |
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「国は天下り、宇都宮市は皆で昇進」 |
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国家公務員でキャリアと言われる人達が、早期退職して特殊法人などの関係団体に天下ることは皆さんも、テレビや新聞でご承知のことと思います。出世レースに敗れ、同期が上司ではやりづらいと言うことで天下るのでしょうか。さて、宇都宮市ではそのような理由で退職することはありませんが、代わりに、国ほどの出世レースは行われず、みんなある程度は昇進して幹部になることが出来るようです。
国でいう事務次官は、市では部長に当たり、職位級(給料の基準になるもの)は参事です。部長でなくても参事はいましたが、平成17年までは参事の数は21人とされてきました。ところが、団塊世代対策か、派閥人事なのか、平成18年から年々この参事の数が増えていき、昨年は71%増えて36人になりました。その下の副参事という職位級でも同じように増えてきました。偉くなると給料も高くなるし、そうすると退職金も年金も高くなります。行政改革として役人の数を減らすことは、一所懸命にしてきたのでしょうが、幹部ばかり増やして、結局人件費の総額は上がっています。宇都宮市は早期退職して天下りはしませんが、皆で昇進しています。新卒の社員は退職者の半分にしても重役を増やす、なんて経営は民間ではありえません。
実際に業務に携わるのは、幹部ではありませんから、担当職員1人に対する仕事の量は増えるばかりです。今年は景気対策を主眼に、公共事業の前倒し発注の必要性が言われていますが、予算が倍になっても、発注業務に携われる人は倍になりませんから、件数は限られた数しか増えません。案の定、金額では68%増えましたが、件数では6.2%しか増えませんでした。本当の景気対策なら中小の工事を一杯出して、皆に工事が行き渡るようにするべきです。いびつな人事体制がこのような事を招いています。
行政改革は人件費の総額を減らすことが目的で、人を減らすということは一つの手段でしかなく、これを目的と見誤ると、幹部ばかり増え、業務が脆弱になり市民サービスが低下します。国も天下りをやめると、宇都宮市みたいに皆で出世するようになるのでしょうか。問題解決の視点が根本から間違ってるように感じます。 |
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2009.09.21 |
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正直者が損をする宇都宮市の国民健康保険 |
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宇都宮市の特別会計の中でもひと際大きな規模で運営されているのが、国民健康保険特別会計です(一般会計の約1700億円に対して450億円の特別会計で別枠)。会社にお勤めの方は社会保険や共済保険ですが、農業、自営業、退職者の方たち(リストラや無職になった人も含みます)は国民健康保険に加入することが義務となっています。アメリカは国民皆保険ではなく、民間の健康保険(自動車の任意保険のようなものと思ってください。だから契約内容によっては、夜間や救急はダメという保険もあります。受けられる医療が保険によって決まります)ですが、保険料が払えず無保険となっている人が多いことが社会問題となっています。日本では実質無保険という人はいません。国保で最後は面倒を見てもらえるからです。
しかし、この国保税(保険料ではなく、保険税と位置づけられています)、近年払ってない人が増えています。宇都宮市では市税の納付率は97%ですが、国保税は70%と格段の差が出ています。高額所得者で払えるのに、払わないという悪質滞納者もいますが、納付しない人の多くは、払うのが困難、払えない人達です(原因については別の機会で書きたいと思います)。
問題は、この未納付の人達の医療費分を、払える他の加入者に負担させていることです。つまり払っている人達の保険税のうち、年間2万円ぐらいは払えない人達の肩代わり分で自分達の保険税の分ではないのです。宇都宮市は、行政が補助すべきことではないとし国保の特別会計に財政援助は行いません。特別会計はその会計内でまかなうことが原則だからです。しかし医療は誰もが受ける権利のある福祉だというのであれば、この未納者の分は、行政が負担すべきで、善意の納税者(市民)が負担するべきではないのです。結果、財政援助をしているほかの自治体と比べて、宇都宮市の国保の保険税は高く(全国でトップクラス、中核市4位)、高いから納付率が下がり(中核市ワースト3位)、さらに会計を悪化させるという悪循環を繰り返しています。それでも正直者が、高い保険税(未納者の分まで負担して)を払って宇都宮市の国保を支えているのが現状なのです。国保の被保険者は宇都宮市民ですが、保険者は宇都宮市です。宇都宮市は保険者としての責任を果すべきです。
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2009.09.16 |
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LRTが本当に『人にやさしい交通機関』か?(誰のための交通機関?) |
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宇都宮LRT建設に反対される人たちは、1番の問題点として約350億円という膨大な建設費や、運営も赤字になるのではないかという、財政的な懸念を挙げています。
私も同感ですが、ここでは採算性以外の問題点を指摘しておきます。
LRTは、車に乗れないお年寄りや子ども達にやさしい交通機関と宣伝されています。歳をとって車が乗れなくなっても、LRTを使って病院へ通ったり、買い物が出来るとのことです。しかし、考えてください。バス(地域内交通と称してミニバスをたくさん走らせるそうです)の停留所まで歩いて行って、バスに乗ってLRTの駅で乗り換えて、それから目的地まで向かいます。LRTの後も何回か乗り換えがあるかもしれません。夏の暑い日、冬の寒い日、雨の日、そんな日でも乗り換えで交通弱者と言われるお年寄りや体の不自由な方がLRTやバスの停車場で待っているのです。乗り換えや待ち時間は体力を使います。この場合、人にやさしい交通機関はドア・ツー・ドアのタクシーではないですか。自分で車を使う事にかかるお金として、購入費・税金・保険・車検・ガソリン代などがありますが、この維持費を月割りで計算すると4万円前後と言われています。ですから車が乗れなくなったら、タクシーという選択肢もあっていいと思います。その際は、免許証を返納した人に運賃割引の補助を出すとか(現在はタクシー協会で1割補助、行政はゼロです)、より利用しやすい料金で福祉タクシーを充実させるなどが出来るはずです。このような補助は、LRTより少ないお金で出来るでしょう。LRTは誰にやさしい交通機関なのか、私は疑問を持っています。 |
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2009.09.10 |
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宇都宮城址公園について |
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宇都宮城というと「釣り天井」が有名ですが、あれはどうも創作だったようです。実際は天守閣はなく、私たちが一般に想像するお城とは違うのが史実だそうです。その史実に基づいて一部を復元したものが、現在の「宇都宮城址公園」です。建物に約30億円かかっています。そして土地の購入などは、バブル経済の最盛期でしたから約150億円です。総工費180億円。ところが市民の反応は、この値段はひとまず置いといても、いまいちです。市役所側からみれば、土塁に櫓が見えますが、反対側(東側)から見れば映画のセットの裏側のよう。何であんなもの作ったのと言われます。土地の購入をした時は、私はまだ議員でなかったのですが、土塁と櫓の建設(30億円)の承認を議会でした時、1期生議員として賛成しました。会派の先輩からは「もう10年も前から決まっていることだ」「今さら無しにはできない」などと言われました。役所は一度方針が決まると、時代が変わろうと事業の見直しはしないのでしょうか。このお城の批判を頂くたびに、反省します。
自分があえて言い訳をするなら、この事業の基本方針はすでに決まっており、巨額の税金で用地の購入までしてしまっていて、もう止まらないものであったから。でも割り切れない想いがあります。年間の維持費も4000万円かかりますし、これから展示場とかを整備すると1億円位かかるだろうと思います。
この反省から、LRTについては、現在検討中であるだけに、建設に対して慎重の立場を取っています。当初は車による交通渋滞の解消が目的でした。鬼怒川にもう一本橋が架かったり、道路の拡幅がされるなど渋滞がある程度緩和されても、今度は、交通弱者、CO2対策とか目的を変えて、同じ事業をしようとしています。目的が変わったのだから、事業も見直す。当たり前のことを言っているだけなのです。
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2009.08.27 |
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地方議会はミニ国会? |
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テレビで地方議会のことはあまり取り上げられません。せいぜい本会議での質問が、県議会ならば『とちぎテレビ』、宇都宮市議会は『ケーブルテレビ』の中継。新聞もあまりかわりありません。
ところが、国会のことはよく報道されます。国会議員がよくバラエティーに出たりしています。
だから、身近な地方議会と言いながらも、日々目にする国会のほうを皆んな見てしまうんですね。
それはそれでいいとして、国会と地方議会とではシステムが違います。
市民の皆さんは、地方議会をミニ国会みたいに思っていませんでしょうか?
国会は議員内閣制、行政の長、総理大臣を議員の中から選ぶ。そして内閣と与党は一体ですから、内閣が提出する法案は、当然与党内で事前に了解を得ています。
地方議会はアメリカの大統領制のようなものです。ここで言えば市長さんは私たち議員と同じように、直接選挙で選ばれます。だからあまり、与党、野党という見方をすると、市長さんと役所に気兼ねして、質問もできなくなります。
国会は与党と内閣は事前に話し合いをしていますが、地方議会で事前に話し合いをしていたら談合になってしまいますから、そういうことはありません。
私たち議員は、「何が、何で、どう決まる」ということを質問を通して皆さんに説明するのが、議会での仕事であり、行政のチェック機関でもあるのです。
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参考資料 |
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地方議会はこれまでもっぱら行政のチェック、監視という役割を担ってきました。地域社会が多様化しつつある今、政策立案、つまり条例制定についても積極的に地方議会が関与していこうという動きが全国的に出ています。
国会には法制局がありますが、地方自治体にはそれに相当する部門がありません。あっても貧弱。だから、立法するまでのハードルが非常に高い。誤解を恐れずにいえば、議会はなるべく黙っているようにという制度になっているのが今の地方議会の実情です。
地方は国のいうことを黙って聞いていればいいというのが、戦後一貫した国の方針でした。その影響が地方議会にもまだ存在しているのです。
これまでのような行政のチェック役の議会から政策提案型議会への転換が待ち望まれています。 |
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2009.08.25 |
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議員定数について |
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「議員は報酬をもらいすぎだ。」「議員は多すぎる。」とお叱りを受けることがよくあります。
ご意見として素直に聞かなくてはならないと思います。
問題なのは、議会や議員が、報酬額や議員の数に見合った仕事をしているのかどうか疑問に思われているため、これらがムダと考えられてしまうのだと思います。
プラトンという哲学者は、一番いい政治は哲人政治と言ってます。一人の優秀な人が間違いのない政治を行う。これならお金も時間もムダにならないのはよく分かります。でも、現実にはそんな人は見つからない。その 一人がとんでもない独裁者だったら大変なことになってしまいます。
議会制民主主義はそんな歴史的経緯から生まれた妥協かもしれません。だから、時間とお金の無駄と思われてしまうのも分かる気がします。民主主義が最善(Best)ではありません。でもいくつかの選択肢の中では最良(Better)、として選ばれたのだと思います。
さて、議員報酬はまた別の機会にして、議員の数、定数について思うことがあります。
議会制民主主義は、多数決がルールですので、議長を除いて最低3人の議員で、2対1の多数をつくることができます。この合計4人が最低の議員定数です。
議会制民主主義は時間とお金のムダもありますが(言い換えれば、時間とお金の贅沢をしているので)、議員定数を考えるとき、皆さんは、最低4人の定数にあと何人までなら容認できるでしょうか?
社会学のある学者さんは、議論するには5人〜10人がいろいろな立場から、それぞれ発言の機会があってよいと言ってます。
議会は議案を本議会から委員会に分けて送って議論しますので、適正に議論できる人数×委員会の数。この考え方ですと、委員会の数は宇都宮市議会でいえば5つありますので、25人から50人が適正となります。今の定数は50人ですから、最大値をとってます。25人はどうかと思いますが、25人〜35人でも問題はないのではと考えます。でも要は個々がどれだけ真剣に何をしているのか(仕事の中身)ではないでしょうか。
先ほどのプラトンの話に戻れば、最悪の政治というのは、衆愚政治、能力に欠ける人たちによる無責任な政治と言ってます。
私は、議員はムダだと言われないよう、「何が、何故、どういうプロセスで決まったのか」という3つの説明責任を果たしていきたいと考え、実行しています。 |
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